ハッピー・キング

2008
910 x 727 mm
キャンバスにアクリル

ハッピー・キング

湖に浮かぶ、黄金の王冠を戴いた城。その名も「ハッピー・キング」。

かつてここは、一人の王様の住まいでした。彼は権力よりも、富よりも、「幸せとは何か」を追い求める変わり者でした。世界中から珍しい食材を取り寄せ、最高のシェフたちと夜通し語り合い、一皿に魂を込めることに命を燃やした。王様は言いました。

「食べられるだけで、感謝だ」

戦乱も貧困も知らない王族の出でありながら、彼は飢えた人々の顔を忘れられなかった。だからこそ、味覚の喜びを「贅沢」ではなく「恵み」として味わいたかった。幸せは、もっともらしく飾ることではなく、素直に「ありがたい」と思える心にあると信じていたのです。

やがて王は老い、静かに目を閉じました。最期の遺言はたった一言。

「この城を、皆が味わえる場所にしてくれ」

王冠は飾られたまま、玉座は厨房に変わり、城は高級レストランとして生まれ変わった。夕暮れの鐘が鳴ると、船が次々と桟橋に着き、さまざまな人生を背負った客たちが降り立つ。恋人同士、家族連れ、ひとり静かにワインを傾ける人、記念日を祝う老夫婦……誰もが、ひとたび扉をくぐれば、同じテーブルに座る。

シェフたちは今も、王様が愛したレシピを守り続けている。特別な日は、王様が最後に完成させた一皿「感謝のスープ」が出される。シンプルなコンソメに、ほんの少しのハーブと、誰にも真似できない“温かさ”が加えられているだけ。それを口にした人は、ふと涙をこぼすことがある。

だって、味がするから。

生きている実感がするから。
誰かに作ってもらえた奇跡がするから。
明日もこうして味わえるかもしれない、という希望が持てるから。

王様はもういないけれど、彼の問いかけは今も湖面に響いている。

あなたにとって、幸せとは何か。
今、口にしているその一皿に、ちゃんと感謝できているか。

夕陽が城を赤く染める頃、誰かがそっと呟く。

「食べられるだけで、感謝だね」

その言葉は、風に乗って、遠くの誰かの耳にも届いていく。
きっと、これからも。

「食べられるだけで、感謝だ」――王様が命がけで伝えたかったこと

王様の哲学は、一見するとあまりにシンプルで、だからこそ多くの人が聞き流してしまうものでした。

「食べられるだけで、感謝だ」

しかしこの一言の奥には、王様が一生をかけて辿り着いた、深い洞察が沈んでいます。

  1. 幸せは「欠乏の記憶」からしか生まれない
    王様は幼い頃、城の外で飢えて倒れていた子どもを見たことがあります。
    その子の目は、もう光を失っていました。
    以来、王様は「満ちていること」だけでは幸せになれないと知りました。
    空腹だった過去、失うかもしれない未来を知っているからこそ、今この一口が輝く。
    欠乏を知らない人は、満ちていることに気づけない。
    だから王様はわざと年に一度、城の食を断ち、飢えを体に刻み直したといいます。
  2. 贅沢は感謝を殺す
    王様は世界一のトリュフやキャビアを前にしても、決して「美味い」とだけは言わなかった。
    「ありがたい」と言う。
    「美味い」は味覚の話で終わるが、「ありがたい」は命の話になる。
    贅沢が日常になると、人は「もっと」を求め、感謝を失う。
    だから王様は最高の食材を使いながら、決して「最高だ」と自慢しなかった。
    「これが食べられるなんて、奇跡だね」と笑うだけだった。
  3. 幸せは「与えること」ではなく「受け取ること」に宿る
    多くの王は富をばらまき、民に愛されたがる。
    しかしこの王様は違った。
    「俺は与える側じゃない。いつも受け取っている側だ」
    農夫が育ててくれた野菜、漁師が命がけで獲った魚、シェフが夜通し向き合ってくれた火加減……
    自分は何も生み出していない。ただ、誰かの善意と努力を「いただきます」と受け取っているだけ。
    だからこそ、傲慢になれなかった。
    王様であることすら、誰かから与えられた役目に過ぎないと知っていた。
  4. 死ぬ瞬間まで「味わう」ことをやめない
    最期の病床でも、王様はスープを一口だけ口に含んだ。
    「まだ味がする……生きてるなあ」
    と笑って目を閉じたそうです。
    味わうことは、生きることそのものだった。
    感覚が鈍くなること=死に近づくこと。
    だから王様は老いても、新しい味を、新しい香りを、貪欲に追い求めた。
    死の直前まで「次の一皿」を夢見ていた。
  5. 究極の平等は「同じものを味わうこと」
    王様は言いました。
    「金持ちも貧乏人も、恋人も敵も、みんな同じ舌を持っている。
    同じスープを飲めば、同じ温かさが喉を通る。
    味覚の前だけは、誰もが完全に平等だ」
    だから城をレストランにした。
    王様の席に座るのは、もう王様ではなく、たった今船を降りたあなたなのだから。

王様の哲学の核心は、実はこれだけです。

幸せとは、
「自分がどれだけ受け取っているか」に気づくこと。
そして、その気づきを決して忘れず、
一口ごとに「ありがとう」と言うこと。

それだけなのに、
ほとんどの人は一生かかっても辿り着けない。

だから王様は今も、湖に浮かぶ城のどこかで、
あなたがスープを口にした瞬間、
そっと微笑んでいるのかもしれません。

「やっと、わかったか」
と。