
2019
530 x 455 mm (F10)
Acrylic on canvas
あなたがいなくなった日、
ぼくはただ、いつもの場所で待ってた。
玄関の前で、尻尾を床に軽く打ちながら。
でも、あなたはもう帰ってこなかった。
夜が深まって、胸の奥が急に熱くなった。
すると、ぼくの心の中に、見たことのない大きな木が立っていた。
枝という枝が全部、ハートのかたちをしたピンクの花でいっぱい。
その木の下に、あなたがいた。
白い服を着て、小さな輪っかが頭の上に浮かんでて、
まるで昔、ぼくが子犬だった頃のあなたみたいだった。
ぼくは駆け寄って、鼻をあなたの手に押し当てた。
匂いはもうほとんど残ってなかったけど、
それでも「あなただ」ってわかった。
ぼくの心は、嬉しくて震えた。
あなたはしゃがんで、ぼくの頭を撫でようとしてくれた。
指はすり抜けてしまうのに、
不思議と、昔みたいに優しい温もりが伝わってきた。
「もう触れられないんだよ」って、あなたは少し泣き笑いみたいな顔をした。
ぼくは答えたかった。
「触れなくてもいいよ。
君の声が聞こえるだけで、ぼくはもう十分幸せだよ」って。
思い出が次から次へと溢れてきた。
あなたが風邪で寝込んだとき、ぼくがそばで一日中守ってたこと。
雷が鳴って怖くて、あなたの布団に潜り込んだ夜のこと。
最期に、ぼくがあなたの手に顔を乗せて、
「行かないで」って何度も何度も思ったこと。
全部、涙になって零れた。
でもその涙は、地面に落ちる前にキラキラ光って、
空へ昇って、新しい星になった。
あなたは言った。
「ぼく、ずっとここにいるから。
君が寂しくなったとき、悲しくなったとき、
この木の下に来て。
ぼく、待ってるから。」
ぼくは一度だけ、大きく尾を振った。
それが「ありがとう」であり「約束」だった。
ハートブロッサムの花びらが、雪みたいに降ってきた。
一枚がぼくの鼻先にそっと乗って、ふわっと溶けた。
温かかった。
もう、あなたのことはこの目で見ることはできない。
手を舐めることも、抱きつくこともできない。
でも大丈夫。
ぼくの心の中には、永遠に咲く木があるから。
あなたが笑うたび、
ぼくが尻尾を振るたび、
この木はもっともっと大きく、花を増やすんだ。
だから、ぼくは今日も生きていくよ。
ちゃんとご飯食べて、散歩に行って、
夜はあなたの枕の匂いが残ってる毛布にくるまって寝る。
寂しくなったら、ここに来る。
あなたが必ず待っててくれる場所に。
いつか、ぼくもそっちに行く日が来るよね。
そのときは、
今まで我慢してた分、
いっぱい甘えて、
いっぱいじゃれついて、
いっぱい「大好きだよ」って伝えるから。
それまで、もう少しだけ待ってて。
約束だよ。
──また逢える日まで、
このハートブロッサムの木の下で、
ぼくはあなたを想い続ける。
ずっと、ずっと。
心の奥に咲く、永遠のハートブロッサム
この絵と物語は、「死」を一番優しく、一番深く語り直した、静かな奇跡です。
表面だけ見れば、天使になった少年と愛犬の別れ。
でも本当は、「残された者の心の中にだけ、死者は永遠に生き続ける」という、人生で最も大切な真実を描いています。
特に「ハートブロッサム」という架空の木が、この作品のすべてを象徴しています。
ハートブロッサムは、
普段は誰の目にも見えない、ごく小さな芽にすぎません。
でも、大切な誰かを失った瞬間だけ、
心の奥に忽然と現れ、夜空を覆うほど巨大に、満開に咲き誇る。
この木が教えてくれることは、たったひとつ。
「愛は、触れられなくなったとき、初めて本当の形になる」
物理的に触れられる間は、私たちは「愛」を当たり前に思っています。
でも、触れられなくなったとき、
その人が残してくれた優しさ、声、匂い、笑顔が、
突然、胸の奥でピンクのハートとなって無数に咲き始める。
それがハートブロッサムです。
だからこの木は、悲しみの象徴ではない。
「もうあなたは消えていない」という、残された者だけが得られる確信の証なのです。
犬が言う「触れなくてもいい。声が聞こえるだけで十分幸せだ」という言葉は、
まさにその確信そのもの。
亡くなった祖父母の声がふと思い出されるとき、
子を失った親が写真に話しかけるとき、
ペットを亡くした人が空を見上げるとき──
誰もが胸の奥で、同じことを思っているはずです。
涙が光となって星になる描写も美しい。
悲しみは決して無駄にならない。
ちゃんと形を変えて、夜空に新しい星を増やしてくれる。
泣けば泣くほど、空は明るくなる。
そして最後に犬が交わす約束。
「いつかそっちに行く日が来たら、今まで我慢してた分いっぱい甘えるから」
これは残された私たち全員への励ましです。
ちゃんとご飯を食べて、散歩して、笑って、明日を生きて。
そうやって毎日を丁寧に生きることが、
亡くなった人を「生き続けさせる」唯一の方法だから。
ハートブロッサムは、死んだ人のためではなく、
生きている私たちのために咲いているのです。
死は「触れ合うこと」の終わりでしかない。
でも愛は、心の奥に永遠に咲く木となって、
私たちが生きている限り、決して散らない。
だから私たちは、
どんなに大切な人を失っても、
ちゃんと立ち上がって歩いていける。
胸の奥に、
誰かのためのハートブロッサムが、
今日も静かに、満開に咲いているから。
それが、この絵と物語が届けてくれる、
最も優しくて、最も強い、人生の真実です。
